・元祖削り節、元祖糸賀喜の店と知られる秋山商店の創業90年の歴史です。
秋山商店は大正5年、秋山銀次郎による個人商店として出発しました。当初店舗は増上寺で知られる芝にありました。それが築地に移ったのは、大正12年の関東大震災によってそれまで日本橋にあった魚市場が築地に移転したためです。銀次郎も早速この地に店を移し替えました。というのも魚市場には料理店の板前さんたちが魚の買い出しにきます。その時ついでに鰹節も買ってもらえるかもしれない、銀次郎はそう考えたのです。今でこそ築地には鰹節店10件近く軒を並べていますが、当店はその先駆けでした。場外の今の地に本店を場内にも2店舗を出し商いをスタートさせました。
・削り節を考案、糸賀喜を世に出す。
銀次郎が他店に先駆けて行ったことは出店だけにとどまらず、まず削り節を日本で初めて商品化したことです。それまでの鰹節店は節だけを販売し、使う人がそれを自分のところで削っていたのです。そこで銀次郎は削り節を売り出してはと考え、実行に移しました。昭和初期のことです。今でこそ主流の削り節ですが、販売当初は削り節を使う料理店に対して同業者の中には平然と陰口をたたく者までいたそうです。鰹節を自分のところで削ってこそ真の料理人であるという自負心が根強くあったためです。また銀次郎がもう一つ編み出したのが「糸賀喜」です。それまでは糸賀喜といえば板前さん自らいらなくなった電球を割ってその破片で削って作っていました。そこで銀次郎は機械による方法を考案したのです。メジマグロだけを使った美しい色合いの糸賀喜は評判が上々で、今でも当店の自慢の商品となっています。
・二つのモットー
「年間を通じて同じ品質の品をお客様に提供する」。これは当店のモットーの一つです。時期のよって品質にばらつきがあってはお客様の信用を失います。そこで当店では産地から常に情報を収集し、上質のものをしかも安価で買える時に一年間分を一括して購入します。焼津にはその分の鰹節を保存する大型冷蔵庫を備えており、それを二日分の単位で築地の本店まで運んでいます。また、「その日の内に削ってその日の内にお届けする」。これも創業以来の当店のモットーです。鰹節は香りが命です。削りたてを一時でも早くお届けすることを当店では何よりも心がけてます。紙袋に詰めてお渡しするのもそのためです。削りたてなのですぐに使っていただければパック詰めにする必要はないからです。早朝五時30分の開店と同時に削られた鰹節はさっそく店頭にのぼり、あるいは袋詰めにされた後3台のトラックによって都内各地区のお客様へと配達されます。個人商店からスタートした当店は有限会社を経て昭和45年株式会社に改め、現在に至ってます。創業以来90年、これからもお客様に良い品質で安価な、しかも削りたての鰹節をお届けしてまいるつもりです。